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2026/05/03(Sun)21:44
とことん遊びつくしたい。
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2008/12/24(Wed)20:52
今宵はクリスマス・イブ。
クリスマスソングが流れる街を行き交う人々は誰もが幸せそうな笑みを浮かべている。
とりわけ恋人たちには特別の夜なのだろう。寒空の下、寄りそいあって歩く彼らはこの日をどんな風に過ごすのだろうか。
・・・私には関係ないけどね。百枝は苦笑しながら積み上げられたケーキの箱をひとつ取り、小さな客に「メリークリスマス」と言って差し出した。
「ありがとうサンタさんっ」
「どういたしまして」
サンタルックに身を包み、白いつけ髭を付けた彼女を誰も百枝とは思わないだろう。今日のバイトはクリスマスならではだ。
クリスマスケーキはほとんど事前に予約を受けて作っているので、店頭販売のものはほとんど売れない。時折手に取っていくのは、小さな子を連れたお母さんか、仕事帰りのお父さんだった。
「ケーキ、ケーキ!」
「うひっ」
聞き覚えのありすぎる声に振り向けば、やはりといった感じで我が野球部のピッチャーと4番のおチビコンビがはしゃいでこちらにやって来る。その姿は先ほどの子供と何ら変わりないのが笑えるのだが、今はそんな場合ではなかった。こんな格好をしているのをできれば知られたくは無い。
「今年はね、チョコレートのやつにしたんだよ」
「おぉ! オレ、チョコレートケーキ好き」
「うんっ」
・・・なるほど、読めた。これから三橋の家で一緒にクリスマスパーティでもするのだろう。
二人はケーキに夢中で百枝にはちっとも気づいていないようだった。ケーキを受け取り百枝の横をすり抜けて去っていく後姿にほっとしたのも束の間、ふいに田島が振り返り、そして――笑った。
「メリークリスマス! サンタさん」
気づいているのか、いないのか。
やはりウチの4番は油断ならない人物だ。
それからしばらくした頃、通りを早足で歩いてくる女の子に目が留まった。眉を吊り上げて怒りを露わにしているその子は、紛れもないウチのマネージャーではないか。
「おい、待てよっ」
その後ろから彼女に声をかけたのは――百枝はあまりの意外性に思わず目をごしごしとこすった。
・・・どうやら見間違いや幻覚の類ではないらしい。確かにウチのキャッチャーだった。
「待てってば! ――千代っ」
ぴたり、と足音が止まる。
うつむいて振り返ろうとしない篠岡に、阿部は頭をかきながら彼女の手にそっと自分の指を絡ませた。
「ごめん。オレが悪かった」
「・・・・・・反省してる?」
「してる。だから許してくれねーか」
しょうがないなぁ、そんなことを呟いて篠岡が彼に振り返り笑うと、照れくさそうに阿部も笑った。
そのまま二人は手を繋いで百枝の前を通り過ぎていった。
・・・見なかったことにしよう。
「なにやってるんすか」
突然、話しかけられて百枝はびくりと肩を揺らす。まさか、などという考えは必要ない。これはもう確信だ。
白い髭の裏側で溜息をつきながら、意を決したように声の主を見上げる。
「サンタのバイト」
そう答えると、彼は何ともいえない顔をして「そうですか」と呟いた。
こんな日に教え子たちに出会ってしまう奇妙な偶然は幸か不幸か。百枝は苦笑しつつも花井に尋ねた。
「花井君もクリスマスなんてするんだ?」
「親に頼まれて取りに来ただけっすよ。こういうの、いつもオレの役割で」
面倒だと言いながらもちゃんと実行している彼を見て笑みが漏れる。個性の強い部をまとめる主将の姿と重なったからだ。家でも学校でも彼の役割はさほど変わらないらしい。
「でも、来て良かったです」
「え?」
「・・・これ」
何かをぐいと押し付けると、花井は真っ赤な顔で百枝に言った。
「クリスマスだからとかじゃなくて、あの、いつもお世話になってるから・・・お礼です」
「あぁ、うん。ありがとう」
「寒いんで風邪引かないでくださいね」
じゃあ、と言って彼はケーキの箱を片手に足早に去っていく。
そして百枝の手には小さな包みが残された。
サンタクロースにプレゼントを。
こんな聖夜があってもいいじゃない?
No.361|ここだけのSS|Comment|Trackback